夜ノ天使レリエル降誕まで
魔帝シャオンと契約を交わし、ランはラメント、シアンはコルダとなった。そして二人は、マスカレードの一員として動くことになる。
エデンの天使や兵士と戦う度、何度か二人は教皇騎士団の一員であるナハトと刃を交わした。
コルダは戦争の合間の休息中、ほとんどラメントに自分を捧げていた。というのも、デスペルタルの紋章の侵蝕が進み、深夜にラメントは羅刹として暴れ回ることが多くなったからだ。ラメントは夜な夜な城を抜け出してエデンの辺鄙な街や村へと赴き、ひとを喰らうことで暴走する羅刹の血を繋ぎ止めていた。
デスヴェロクの最中、そんな拮抗状態が続いていたラメントとコルダに追い打ちをかけるように、ラドウェル(ラドゥエリエルの略称)が大軍を引き連れてやってきた。あまりの敵の多さに二人は劣勢を強いられ、ラメントはコルダだけを守らなくては、その為には強く、もっと強くならなければ、と紋章の力を自ら使ってしまう。
コルダは騒然とした。死屍累々を礎に、自分を見下ろすラメント。その眼には、かつて愛した兄の面影は殆ど無かった。それでも、ラメントはコルダを襲うことはなかった。ラドウェルの光の波動から身を呈してコルダを守り、ラメントは瀕死の状態に陥った。
ラドウェルを退き、此度の戦に勝利を得たものの、コルダは泣いていた。血まみれのラメントを抱き抱え、嘆いていた。
「ごめん、僕、いい、にいさん、じゃ、なかっ……た。嗚呼、でも、今度また会え、たら……こんど、こそ、ちゃんと、コルダもナハトも…」そこまで言って、ラメントは力尽きた。
しかし、本当のデスペルタルの紋章の恐ろしいところは、ここからだった。デスペルタルの紋章は、同種族のスピリーガだけに感染するという、恐ろしい紋章だった。兄の死を弔う間も無く、コルダは右眼に酷い痛みと、酷い喉の渇き、そして激しい飢えに襲われた。
紋章の力に心を侵蝕されたコルダは、目前のラメントの首に咬みついた。兄の血を飲み、それで枷が外れたのか、気がつけば、コルダはラメントを食い尽くしていた。肉も骨も髄まで、血も一滴も残さず、魂までも貪り尽くした。やがて、落ち着きを取り戻したコルダは、眼前の惨状に悲鳴をあげた。
喰らった兄の魔力と紋章の影響か、右眼が蒼く染まったコルダ。彼女は兄を殺めた罪悪感と紋章を刻んだ、自分達を実験材料にしたラドウェルとエデンを許すまいと、戦場で鬼のように暴れ回った。援軍として駆けつけたフェイは息を呑み込んだ。
戦場には血まみれの亡骸の山と、蒼と翡翠の双眸を憤怒の色で染めた、帰り血まみれのコルダが孤高の浮き雲のように立っていた。仲間であるフェイにでさえ敵意を向ける彼女の槍を、コンチェルトが受け止めた。
「お前の所為じゃない!」そう言って抱きとめる彼に兄の面影を感じ、彼女は意識を手放した。
コンチェルトはコルダを義妹(後に恋人)にした。コルダの義兄として、彼女を支えると共に、彼女に武を仕込んでいたアラベスクにも協力を仰いだ。
やがて、かつての笑顔や元気を取り戻したコルダは、戦場の敵将をことごとく討ち倒し善戦した。
一気に劣勢に陥ったエデンをマスカレード全員で攻める最終決戦時、タクトがメビウスのラミエルとして寝返り、対局は一気に覆った。
撤退を余儀なくされたマスカレードの仲間をできるだけ多く逃がそうと戦っていたコルダは、憤怒の炎を宿したナハトと対峙していた。
元々満身創痍だったコルダは悪戦苦闘を強いられ、ナハトに討たれた。大量出血により、意識が朦朧としているコルダに、ナハトは「なんで、ボクをひとりにしたの!?」と激昂し胸倉を掴む。しかし、もうコルダに答えるだけの余力はなく、コルダはただただナハトを見続けるだけで精一杯だった。
デスペルタルの紋章の影響か、ナハトはコルダの虚ろな双眸を見て「蒼い瞳……ああ、その中にラ……ランランがいるんだね。知ってるんだよ、ボク……コルダが、シアンがランを食べたこと。嗚呼、そうだ、そうすれば、よかったんだ。ねぇ、ラン兄さん、シアン姉さん、二人とも、ボクが食べてあげる」
ナハトはコルダの首に咬みつき、血を啜りながら、彼女の胸に手刀を刺した。生命の息吹が途絶えたコルダの魂を捕らえ、恍惚とした狂気的な笑みを浮かべながら喰らっていく。その様を見て、ラドウェルは「くくく、遂に生まれたぞ……スピリーガを苗床にした夜の天使レリエルが!」と高らかに告げた。