思いを継ぎし牧風歌
彼は過去を振り返らない性格だった。しかし、過去を焼き尽くした火は苦手だった。
「いつ……コルダ、いてぇよ」
「男だろう?……これくらい辛抱しないと駄目だ」
今回、パストラーレはウリエル率いる天使達と戦った。その際に負った火傷の傷を、コルダが治療している。
「いつものお前の速さなら、こんな怪我しなかったよな……パストラーレ、火が怖いか?」
「……」
火を目の当たりにすると、無意識に身体が強張り、普段通りに動かせなくなる致命的な弱点があった。
「こわい、というか……くやしいな。少し見ただけで、これだぜ?」
「悔しいよな……そうだよな。パストラーレ、アタシも、火は嫌いなんだ」
「え?」
「ラン兄が、目の前でさ、焼かれて殺されたし、その後、アタシは結構暴走しちゃったからさ」
「……」
「火を見ると、そのことを思い出すんだよ。だから、パストラーレの気持ち、痛いほどわかるよ」
「……」
治療を終えて離れたコルダは、パストラーレの背後に回ると、そこに座り込んだ。背中合わせになったことで、パストラーレはコルダが震えていることに気づいた。
「コルダ?」
「あ、すまないな……大丈夫だ。すぐ治まる筈だから」
「……兄貴は、そのこと」
「ああ、知ってる……」
「逆に、パストラーレはそのこと、コン兄に……」
「ああ、知ってるよ……てか、兄貴に隠し事は」
「ああ、分かるよ……できないよな、コン兄鋭いし、頼れるもんな」
「……俺はどうなんだ?」
「ん?……パストラーレは、なんというか、アタシの弟みたいなもんかな」
「いや、そうじゃなくて」
「ん?」
「俺は……頼りないか?」
「くす、あははは」
「ちょ、コルダ……笑うなよ」
「だって、いきなり突拍子もないこと聞くからさ」
「……コルダ、俺は真面目に」
「わかってる……そうだな、まあ、背中を預けるくらい、少しは頼りになるかな」
「はあ?!……なんだよ、少しはって」
「クス……ごめんごめん。あれ、パストラーレ……背何cmだっけ?」
「167……コルダは?」
「175……なあ、もう伸びないか?」
「俺はまだ成長期だ」
「じゃあ、アンタがアタシより背が高くなったら、背を預けるんじゃなくて、寄りかかるくらい、頼りにしても、いいかな」
「え!?」
「あれ、待てよ。アタシより高くなるかな?……ならなかったら、一生無理だもんな」
「おい、さりげなく背が届かないって暫定しているだろ」
「そんなことないよ……でも、一応その時のことも考えておかないと。そうだ、こうしよう……パストラーレがアタシの槍を持てるようになったら、とか」
「え、槍?」
「アタシの槍さ……どうしてか、アタシとコン兄しか持てないんだよ。だから、それをもし、パストラーレが持てたら、背が届かなくても、寄りかかるくらい、パストラーレのことを頼りにするよ」
「弟やペット扱いもやめるか?」
「あー……それはわかんない」
「なんでだよ」
「いいからいいから……で、どうするんだ?」
珍しく朗らかに笑うコルダ。顔を合わせてはいないのに、そういう表情をしていることは声色だけで読み取れた。
「はぐらかすなよ……ひとまず、まあ、それでいいか」
気がつけば、炎の恐怖による身の震えはとうに治まっていた。
「アタシの槍を持てるのは、いつくらいになるだろうな」
「……なるべく早く持てるようにするさ」
この時、彼は思いもしなかっただろう。コルダがメタトロンに殺された際に、その怒りで槍を持てるようになることを、そして皮肉なことに、その槍をもメタトロンに壊されてしまうことを。
「……」
パストラーレはコンチェルトに連れられ、アルメリアの花束を持ってカツェットの森へと来ていた。そこには、自分の半身である大樹があり、大樹の根の下には、コルダの遺品である折れた槍が埋められている。
「なあ、兄貴……一体何しに?」
「コルダの槍を取り出しに来た」
「はあ!?」
「494601年経ったからな……そろそろ掘り起こす。来るべき時が来たからな」
「でも、槍は折れて……」
「柄が折れて刃に罅が入ったくらいなら、なんとか直せる」
「え、直せるのか?」
「槍としては無理だが、別の武器に成り代わる」
コルダの槍は鍵爪に暗器、剣の刃に錬成し直された。
「あ、兄貴……すげぇ」
コンチェルトは不要になった元々の自分たちの武器の部品を、槍があった場所に埋めた。
「コルダ……お前の鬼の牙、借りるぞ。代わりに、俺たちが長年使ってきた武器と、お前の好きなアルメリアの花を置いていく。これで、少しは寂しさが紛れるといいんだけどな」
「いくら兄貴でも、そんな哀愁纏わせて言ってると『そんな顔している暇があったら、鍛錬に励めよ、コン兄!』って……コルダに言われるぞ」
「はは、手厳しいな……まあ、確かにそう言われそうだが。で、どうだ?」
「切れ味がすごくいいのに、軽い……今の俺に最適な武器だ」
「そうか、それはよかった……それじゃ、俺はそろそろバラッドのところに戻るから、またな」
「ああ、ありがとな、兄貴」
コンチェルトが飛び立って行くと、パストラーレは花束を抱えたまま、大樹に背中を預けた。
そして、かつて背中合わせに話した姉弟子のことを想い、静かに目を閉じた。
「コルダ……俺、あの時から全然身長変わらねぇよ。なんでも、デスヴェロクで負った傷が原因で、そういう意味で骨が伸びなくなったらしい。そんなわけで、背はどうしようもなくなっちまったけど、槍は持てたし。今、その生まれ変わりである鍵爪と暗器をこうして、軽々と持ってるぜ、俺。だからさ……」
「……頼むから、魂の姿でも構わねぇから、寄りかかりに来てくれよ。なんでだろうな……今更言うのもなんだけど、遅かったのかな、俺。なあ、コルダ……ごめんな。俺を庇ってメタトロンに殺されなければ、今頃はこうして……あの時のように背中を合わせて、一緒に話せたのにな」
「ごめん……ほんとに、ごめん。お前の死は決して無駄にはしないから、な……どうか、見ていてくれ」
悪魔ナベリウスの覚悟の慟哭が拡がる、その声色は悲しくも、とてもたくましかった。
そして彼は進む……亡きコルダの刃を手にして……。
End.